「謝る勇気」と「許す勇気」が人を成長させる?

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みなさんは「謝りたい人」はいますか?

親ですか?旦那ですか?奥さんですか?子供ですか?友人ですか?上司ですか?部下ですか?

みなさんは「許したい人」はいますか?

親ですか?旦那ですか?奥さんですか?子供ですか?友人ですか?上司ですか?部下ですか?

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「謝る」勇気

謝る:自分の過失・罪を認め,すまないという気持ちを相手に伝え許しを求める。わびる。

出典:大辞林 第三版

人は生きていれば、何かしら過ちを犯してしまいます。その過ちによって他人を傷つける。

これは誰もが経験する、当然のことだと思います。そして、わだかまりが溜まっていきます。

これは他人との関係に限ったことではなく、身内、肉親との関係においても、同じです。

時間が経てば経つほど、相手との関係が益々悪くなってしまいます。疎遠になります。そして、大きな問題に発展しちゃいます。

一言、「ごめんなさい」が言えれば問題ないのですが、なかなか、それができないのが人間です。

そして、結構、勇気のいることです。

なぜ、「ごめんなさい」の一言が言えないのでしょうか?

  • プライドが邪魔をしている。
  • 「許し」を得られるか不安である。

人に謝ろうとするとき、この2つは、めちゃくちゃ邪魔をしてきます。

「謝る」という言葉は、先にも書いたように、「自分の過失・罪を認め,すまないという気持ちを相手に伝え許しを求める。」という意味です。

「謝りたい」と少しでも、あなたが思っていることがあれば、自分の過ちを多少なりとも、認めていることになりますね。

それでもどこかで、自分が正しい、正しいと思いたいプライドが邪魔をして、素直に謝れない。プライドって本当に厄介者ですね。

謝って許してもらえるかどうかの不安もあります。「許してもらえないかも」という恐怖が先に立つのです。

なので、それに打ち勝つには、相当な勇気がいることです。「謝りたい」と思っている人がいるあなた、少し勇気を出してみませんか?

もし、親や子供に酷いことをしてしまった人は、相手に素直に謝ってみませんか?

もし、昔、イジメをしていた人は、相手に素直に謝ってみませんか?

もし、自分が原因で離婚してしまった人は、相手に素直に謝ってみませんか?

もし、会社で上司や部下を傷つけてしまった人は、相手に素直に謝ってみませんか?

もし、自分が原因で友人と疎遠になってしまった人は、相手に素直に謝ってみませんか?

それで、許してもらえなくても、勇気を持って「謝る」行為をしただけでも、一歩前進です。許してもらうのを待てば良いのです。

「謝る」ことをしただけで、少しは自分の心が晴れます。そして、前を向けます。大きな問題であればあるほど、「謝る」ことは難しいことですが、人として、成長できるのではないでしょうか。

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「許す」勇気

許す:罪や過失を、とがめだてしないことにする。また、服役中の人を放免する。

出典:大辞林 第三版

人は生きていれば、誰かしらの過ちによって傷つけられてしまうものです。そして、傷つけられるのは、何よりも辛い。

精神的に参ってしまうこともありますし、人を傷つけるよりも、傷つけられた方が、人生を大きく左右することが多いですよね。

楽しい思い出より、辛い思い出の方が、人は忘れません。楽しいことと、辛いことが同じ数だけあったら、必ず、辛い思い出が先行します。

そして、その辛い思いは、自分ではない、他人から受けるケースがほとんどです。

人を「許す」のは、人に「謝る」以上に難しいことです。

なぜ、「人を許す」ことができないのでしょうか?

  • 自分は悪くないのがはっきりしているから。
  • 傷つき、悩み、苦しんだ時間が「ムダ」「損」に思えるから。

傷つくのですから、当然、相手が悪いに決まってます。自分は絶対に悪くないと思ってしまいます。

自分は悪くない上に、相手に傷つけられると、相手を深く恨んでしまいます。

そして、「許す」ことによって、傷ついて、悩んだ時間が「ムダ」「損」に思えて、自分だけが損している感覚に襲われるのです。

だから、人間は人を「許したくない」と思うのです。「許す」ことは「謝る」より難しいし、「謝る」よりも、大きな勇気が必要です。

でもね、

もし、親や子供に酷いことをされてしまった人は、勇気を持って相手を許してみませんか?

もし、昔、イジメられていた人は、勇気を持って相手を許してみませんか?

もし、相手が原因で離婚してしまった人は、勇気を持って相手を許してみませんか?

もし、会社で上司や部下に傷つけられた人は、勇気を持って相手を許してみませんか?

もし、相手が原因で友人と疎遠になってしまった人は、勇気を持って相手を許してみませんか?

それでも、やっぱり許せないと思う人は、許せるかな〜って思えるようになるまで、恨めば良いのです。

自分の気持ちに変化があるまで、恨めば良いのです。

何かのきっかけで、許しても良いかな〜と思えた時、勇気を持って許せば良いのです。

人を許してみると、気持ちがものすごく晴れるものです。そして、相手との関係も良くなり、今までとは違う形で、相手とこれからの人生を歩んでいける可能性もあります。

人を「許す」という、「謝る」より難しい経験をすることによって、ひとまわり、人間として大きく成長できるのです。

日大と関学のアメフト部の学生に思う!

なぜ、こんなことをブログに書いておこうと思ったか。それは、日大と関学のアメフト部の件があったからです。

この2人の学生は、「謝る」ことと「許す」ことの大事さを、我々、大人に教えてくれていました。

日大の選手のプレーはもちろん許されることではないです。許されることではないから、彼は謝ろうと思ったのでしょう。自分の弱さを強調していましたね。

いくら、監督やコーチの指示とはいえ、自ら行なってしまった行為に対して、関学の選手に自ら謝っていました。

さらに彼は、監督、コーチに対して、マイナスな発言は一切していませんでした。その上で、自ら謝罪していたのです。

とても勇気のいることだと思います。本来なら、監督やコーチのせいにしてしまいたい。そう思うのが普通の人間です。彼は逃げませんでした。勇気ある男です。

関学の選手は、そんな日大の選手をちゃんと許していましたね。

「日大の選手が会見で『フットボールをする権利はない』と言ってたんですけど、それはまた違うと思う。またフットボールの選手として戻って、グラウンドで正々堂々と、ルール内で勝負できたらいいなと思います。」

あのような行為をされて、なかなか発言できる言葉ではありません。しっかり許しています。

選手生命を奪われるかもしれない行為、大きな障害が残ってもおかしくない行為を受けたのですから、簡単に許すことなんてできないのが、普通の人間だと思います。

この2人は「謝る」「許す」の大きな経験を通して、大きな成長をしたのだと思います。

この2人がこの後もグランドでプレーできれば良いと思いますし、社会に出てもお互い良きライバルとして、切磋琢磨してほしいですね。

この学生達の対応は、本当に我々、大人が見習うべきことだと思います。大人でもなかなかできる行為ではないと思います。

教育現場で教育を受けるべき立場の学生から、大人が教えられている気がしました。大人として反省です。

そして、彼らの勇気に拍手です。

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謝れる、許せる、勇気ある子供に

私も二児の父親になりました。子供たちには自由に育ってほしいと思っています。

でも、避けて通れないのが、人間関係です。すでに上の娘は保育園に通っており、友達や先生との関わりの中で生活しています。

これが、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人になるにつれて複雑な人間関係に悩まされることになります。当然です。

その中で、彼らが、人を傷つける立場にも、傷つけられる立場にも、両方経験していくことになると思うのです。

その時に、しっかり「謝る」ことができる人間、「許す」ことができる人間、それらの勇気を持っている人間に成長していて欲しいと思うのです。

その姿は、やはり親が示していかなければならない。

子育ての中で、子供に対して、親が間違っていれば、素直に謝る。子供が謝ってきたら、素直に許してあげる。

そんな姿を子供の前で見せてあげたいと思います。

是非、「謝る」勇気、「許す」勇気を持った大人に成長してもらいたいと思います。

 

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いや〜簡単にできることではないけど、生きていく上で、必要なことだよね!


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